🟠母も私の学び

πウォーター

おはようございます。

昨日の母の日。
来年は、出掛けるのは
無理だと推測しながらの母の日でした。

今年いっぱいは、何とか
歩けるかなと思いますので、
出来るだけ、少しのリハビリ兼ねて
お散歩は、するつもりです。

主人に、母がしがみついていて
10センチ間隔で歩いています。
この道を、5分ぐらいかかります。

私は、後ろから母の大量の荷物を
運んでいる図ですね。

駐車場までの長い道のりを
いつも付き添いが必要なんです。

主人の腰のあたりぐらいまでしか
目線がなくて、かなり危険です。

これを、主人が仕事の時は
私がしていて、
私も、もう限界かなと感じています。
私も辛い感じです。

車椅子なら良いのですが、
スロープもありません。段差だらけです。

いつ、倒れてしまうか
常に気を張っていて、
何かあれば、
責任を感じる状況ですね。

施設の方や町の民生委員さんなどに
相談していますが、
認定を拒否してますので
なかなかオッケーが出ません。
ディサービスも受けたいのですが
まずは、認定すらが
拒否の状況ですからね。
どうしようもないです。
数字をつけられたくないみたいです。

人との繋がりが難しくて
理解されにくく、誤解を受けやすく
人生困難ですね。
慣れた人でないと、難しいですね。

主人が、仕事を辞めないといけない
状況ぐらいに、迫っているので
何とか私でカバーしてますが、
これが、お互いの先がわからない(ーー;)
急に、呼び出されたり
(緊急を要するメール)
それが続くと、少年と狼状況ですね(笑)

以前、仕事的に、これを
経験した事があって
状況が良く似てるなぁと
思い出したりします。

本人が、嫌だということを
出来ないんですね。
私ですよ。自分ですよの世界です。

外野は、
何かの犠牲の上に、(お仕事的に)
フォローをしなければ、
いろいろ指摘される側になり
(立場が弱くなり)
本末転倒の形になっているんです。
そうしないと収まらないんですね。

似ているというか、
底辺の仕組みです。

母が、
不便でも、私と一緒に住むという
覚悟もありません。

逆に私が母の家で暮らす事も
出来ないのです(笑)

母が、自分の事ですから
覚悟を決めてくれないと、相互に
連帯ができなくなります。

あれも嫌、これも嫌、
出来ません。
意思は固いです。
自分の良い様に、
物事が運ばなければ、
なかなか難しいという現実ですね。

宗教的な神様の
学びをしたはずで…。(笑)

老人ですから、
日常を過ごせる事に感謝しながら
優しさに満ちた
老後でないと…ですね。

あらゆるサービスを受けて
心身が楽になるように…との願いが
私にはありますが、
叶わない感じです。
(お仕事的にも良く似てます)

そのしあわせを
私が付き添って、あげれない
苦悩。

さて、
母のごはんも、頭に入れながら…
(毎日の事ですから、認定を受けて
ディサービスでお昼ごはん食べてほしい
嫁です)

お客様のところに行ってきます☺️☺️

これ、お客様から
少し分けていただいたのが、
元気に育ち中ですよ☺️

PAGE TOP