🟡揺さぶられない

介護

母とお寿司屋さんに行きました。

身をほぐしてあげます。

天ぷらの盛り合わせ。
魚の天ぷらのお寿司4カン。
あら汁、
全部完食ですよ。

持ち帰り、全て
母の夜ごはん。
このぐらいは、ペロリと食べます。

病院に行って、
紹介状もらい、大きな病院へ
行く予定です。
そんな症状。
食べ物の量的にも分からないし、
何をどうしていいのかも分からない。

3時間ぐらい、一方的に
話します。
時折、怒ります。

感情的に、管理が不可能です。

私は、
あら汁、エノキのお寿司、プリンを
食べました。
私は、母を見てるだけで
お腹いっぱい💦

母の幻聴的な事を書きます。

私が20歳の時に、母は私の実家に1人で
来ました。
私の母は、普通の人なので
ご馳走を用意してましたから
主人の母に、部屋に入る様に言ったんですね。

そうしたら
我が家のリビングのピアノの椅子に
座り込んで
立ち上がれないっておっしゃる。

私の母は、びっくりして
具合が悪いのではないかと心配しました。

ずっと部屋に入らないんです。

うけた。(霊的に)

そう主人の母は、言われました。

たくさんのおご馳走は、一つも
食べられないとおっしゃって
帰りました(笑)

とても失礼なんですが
割に、義母は、普通の事なんですよ。
悪気もありません。

私の母は、寛容なので
知人を招いて、
そのまったく手につけなかった
おご馳走を食べた記憶(笑)

義母は、昔から、何かと繋がっていて
霊能者であると勘違いした場面が
よくあって
視えたり聞こえたりする
そのテレパシーとやらが、母には
毎日、声が聞こえるので
まわりは困惑します。
本人にも
辛い感じもあります。

いろんな世界があって
それを否定はしないけど。

実は、私たちには
よく分からない部分もあって
勉強中です。

発達障害とか、統合性失調症とか
いろんな精神的な部分は
デリケートで分かりづらい。

だけど、長年に渡り
その側に居ると、多少なりと影響が
あります。

私は、母とは17年間は離れていました。
分かっていたからですね。

私は、自分を大切にしたかったんです。

だけど今、母の命は、
残り少ないと感じています。

主人は、ご自分のお母様ですから
小さな時から
母が、霊能者的に
聞こえたりするのを、素直に
聞いていたと思います。

私と一緒になって、かなり救われたと
言ってくれます。(笑)
私は普通の暮らしを提供してるだけです。

病気の特性を知って認める。
多分、治りにくいけど
重度でない限り
普通に暮らす事も出来ます。

母も、少しでも苦しみを抱えずに
生活出来たらなぁと感じています。

私たちは、ただ揺さぶられないように
するだけです。

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