しずくちゃんおはよう。にゃん。

豚肉のそぼろに
アスパラを加えました

食欲をそそる味でした。

納豆(佐賀産)

キムチ

掃除に明け暮れる日々です。
母の家は小さな神社になっていて
本部というか
上の方達が、一年に1回
見回りというか、訪ねて来られます。
母の、娘さんの婿さんが
高圧洗浄機持参で
お掃除をしにきたらしい…
母は、かなり怒っています。(笑)
婿さんも、言われっぱなしで
すぐに
主人へと、伝言。(笑)
高圧洗浄機で、砂を払うのが
嫌だと母は言っていて(笑)
だけど
掃除の仕方に怒っているとかじゃ
ない気がしていて、
毎日、婿さんは、
母の家の
神様には会いに来るのですが
母の顔を見ないらしく、
(婿さんは自分を生きてるだけで)
毎日、行くのだけど
声掛けて話すのは
年に一度ぐらいで、なんとなく
母は、日頃ご立腹してる気がしています。
そんなのどこの家庭でも
よく見る光景だと思うんですよ。
今の時代を生きていて、
身近な人だけど
寄り添ってっていうのは
あまりないと思います。
じっくり話を聞くと
自分の時間を取られますしね。
母もそこのところ理解して
諦めないから苦しいんだと
思うんですね。
寄り添う人は限られていて
その寄り添う人も、私とかですね
他人だったりします。
母が神様の遣いで、
こどもの面倒をみなかった年数を
こどもは覚えているので
それが、今の現実を生んでる気がします。
最初は、娘さんに
頼っておられたのですが、
娘さんも、割り切って今は、
近い存在なのですが、遠いんです。
母は、今度は、
主人を頼りにしています。
主人は、母の神様の話は聞く方ですね。
おかしいだろ!と
言いながら聞いてます😆
神様の世界でしか 生きてないので
普通の話が出来ないので
そこは、理解しています。
(母にとってはしあわせな生活)
母の思い通りに、家族が
手取り足取り、見守ってあげる事が
不可能なのが現状ですね。
大事な、母という存在ですから
3度の食事、身の回りのこと、
それをするのが
多分当たり前なんですが、
(他人の導入、介護施設を拒否)
8年という年数は、
私の時間も消えると言う事ですが
淡々とこなしています。
幼い時に私を、普通に、何の不安もなく
家庭の生活だけを送らせて
育ててくれたおばあちゃんに
ありがとうと言いたい。
でも、私が倒れたらおしまいです。(笑)
日本は、そんな人で溢れてしまう。


