午前中、薄暗い室内で
母のごはんも
作り、猫の世話(トイレ)、母のメール
などを目を通しながら過ごしました。
これは、相方のごはん。

昨年末に、知人が急に亡くなり
呆然としながら、過ごした1ヶ月でした。
なくなる前日に、
電話をいただいていて
何気なく会話しています。
ほんの20秒ぐらいです。
15分後に、そっちに来るからね。
と、いつもの変わらない優しい声でした。
来られたのも束の間、
駐車場で
急に、ごめんなさい、用事があるからって、
後ろ姿だけ見て、
手を振る暇さえなく
違う方の対応に追われました。
対応が長引いて、
それから、母を迎えに行く事で
てんやわんやの私は、
その方を気遣う事もなく😭
母に集中してしまいました。
次の日に、
具合が悪いのだろうかと思いながらも
母の介護に追われて、
連絡さえ出来ずにいました。
会っていたならば
変わっていたのだろうかとか
元気ですか?との声掛けがあれば
変化もあったのかなとか、
少し悔やみました(涙)
昨日、たまたまその方の
娘さんにお会いする事が出来て、
はじめてお会いしたのですが、
2人とも泣いてしまい😭
心が通じた気持ちになりました。
娘さんが、うちの息子ぐらいの年齢に
見えました。
お父様の優しさを受け継いでますね。
人生は儚いです。
今年は、特に急に変化し出しました。
癌闘病中だった
森永卓郎さんが
お亡くなりになりました。
終活に励んでおられて、
身の回りの身辺整理を勢力的に頑張って
おられました。
こう、書かれております。
「身辺整理を急ぐのは私自身が父の死後、
『相続地獄』を経験したからです。
家族にあんな地獄の苦しみを
味わわせてはならない。
そのことに端を発して、
きちんと死に支度をしてから
逝こうと決めました」(森永さん、以下同)
森永さんは書棚にあふれた本、
財産、仕事、周囲との人間関係などを
対象に進め、
ほぼ完了というところまでたどり着いたそう。
「身辺整理を甘く見てはいけません。
いざ進めると、さまざまな“壁”が存在します。
私の場合も予期せぬ事態に遭遇し、
そのたびに知恵を絞って乗り越えてきました」
(森永さんのことば↑)
私も同じように遭遇しました。
主人の父が急に亡くなり、
身辺整理に、8年以上費やしています。
本がダンボールに80箱以上、
かなり貴重な本でしたから
役に立ってもらう為に、古本屋さんに
持っていったのですが、すべてに
名前を書いているのでゼロ円の引き取り
でした。
持っていくだけでも、
体力的に大変でした。
母は、体が弱くて頼れないのですが
口が出ますから、尚更大変でした。
こうして下さい。
指示待ちみたいな感じでした。
不思議な事に、
父が亡くなり、一円のお金も残ってなくて
家族は途方に暮れました。
母が、神様に委ねますが、
もう、現実離れしていて、
話にならないのです。
技術者は、残されたところで
古い工場の縮小は免れません。
大変な状況に気付いた
息子が、体力的に、かなり
力になってくれました。
どれだけのいらないものを
処分したか、気の遠くなる作業でした。
この大変さを、次世代の人に
残してはいけないと私は考えています。
私たち残された人は、何もしなくても
母の身辺整理などに、
お金は失います。
この循環を経験すると、
何をしてるのか分からなくなる時が
ありました。
母の少しの見栄と
維持する為に働いているんですね。
そんな時代ではなくなったんです。
すべてに、通じる事なんですが、
生きていたら
いろんなことがあります。
受け入れることは、大事ですね。
隠してしまうと先に進まないです。
みんな同じなんですよ。
恥じる必要がないということを
多くの人が共有できたら
いいんじゃないかと思ったりしています。
今年から、いろんなことが
がらりと変わると思います。


